ツイッターのTLを眺めていると、知らない言葉によく出会います。
先日はこんなツイートを目にしました。
「男は仕事女は家」という昔の価値観を持たない男性がその昔の価値観を持っている女性と結婚してしまった場合父親になってから普通に家事や子育てをするとそこにいきなり迷惑そうな顔をしてルールを決めて文句を言ってくる妻が出現する。これは俺の中でマターナルゲートキーピングの悲劇と読んでいる。
— カピパラおじさん (@woodybuzzmitai) 2018年2月22日
マターナル・ゲートキーピング(母親のゲートキーピング)。
マターナル・ゲートキーピング(maternal gatekeeping)。また新しい言葉を目にしました。
「家事育児は母親の仕事」という意識が強い女性が、家事育児に加わろうとした父親に対してゲートキーパー(門番)のように立ちふさがり、「あれがダメ」「ここがダメ」「これは違う」というようにダメ出ししてしまうこと。
もともとはアメリカの論文のようです。
検索したら、日本で書かれた論文もありました。(URLから想像すると修士論文でしょう。)
父親の育児家事参加と母親の育児不安の検討 - 家庭内ゲートキーパーに着目して -
でも、これって要するに、いわゆる「家事ハラ」(誤用の方)と同じではないかな?
いわゆる「家事ハラ」。
もともと、ジャーナリスト・和光大学教授の竹信三恵子さんが提唱した「家事労働ハラスメント」という言葉があります。
これは、生活に絶対に必要なはずの家事労働が社会の中で不当に低く評価されている状況を、「ハラスメント」という言葉で表現したものです。
評価されない家事を表す言葉として、「名もなき家事」という表現が話題になったこともありましたね。
しかしその一方で、家事ハラスメント=「家事ハラ」と呼ばれる言葉も使われ始めました。
これは、「ヘーベルハウス」の旭化成ホームズが行った「妻の家事ハラ白書」と題した調査が発端。
夫が家事育児を「手伝おう」とすると、妻から「ダメ出し」をされる。
そのダメ出しのことを、この報告書では「家事ハラ」と呼んだのです。
もともとの「家事労働ハラスメント」とは意味が全く違いますが、この誤用の方の「家事ハラ」の方が有名になってしまいました。
(以下では、「家事労働ハラスメント」と「家事ハラ」を区別して使用します)
ゲートキーピングも「家事ハラ」も、自分たちの首を絞める。
門番のようにパートナーのすることを見張ってダメ出しをするゲートキーピングも「家事ハラ」も、結局は首を絞めます。
誰の首を? 自分たちのです。
- ゲートキーピングをする側は、一見「門番として自分の城を守っている」ようでいて、自分の城(=家事育児)を自分一人で守らなければならなくなる、つまり全責任を自分で負い続けなければならなくなる。その結果、追い詰められていきます。
- ゲートキーピングされ門前払いされた側、つまり「家事ハラ」を受けて「触らぬ神に祟りなし」と退散する側は、一見「自分の立場を守る」ようでいて、家庭の中での居場所を失っていきます。
そのような関係が、5年、10年、20年と積み重なるとどうなるでしょうか……?
しかも、ゲートキーピングする側は、門前払いがひどくなると、もっと大変なモラハラへと変化しかねません。
冒頭のツイートのスレッドでは、最後にこう書かれています。
そのためかなり妻とは衝突したけど今は門番をある程度突破してお互い尊重できることも増えつつあるし、妻が苛立たない程度に俺は手伝いに徹して徐々にお互い居心地よく過ごせるように改善されている。
— カピパラおじさん (@woodybuzzmitai) 2018年2月22日
ときにぶつかりながら、それでも日々の地道なコミュニケーションをあきらめない姿勢。私も見習わなければ。
コミュニケーションの問題。
夫婦の関係はさまざまでしょうが、結局はコミュニケーションの問題でしょう。 変化する状況の中で何十年も一緒に生活していくのは難しいもの。目先のことにとらわれると、後で大きなしっぺ返しを食らうかもしれません。
牛乳パックのまま作ったヨーグルトがなくなったとき、汚れを落としきれないのでパックを切り開いて洗うよう頼んでいるのに、それをしょっちゅう忘れる妻。今朝も私が洗いました。
私は母親ではないので、マターナルではなく「パターナル・ゲートキーピング」かな……。パターナルにするとそもそも意味をなさなくなるような。
モラハラにならないよう気をつけなければいけないのは、ほかならぬ私自身です。