今日はブログネタが思いつきません。
何を書こうか…と思案していたら、こんな記事が目にとまりました。
「多くの人は育児や家事を「作業」と思っている。しかも偏見のある人からすると「単純作業」なのではとすら思われていたりする。」
「で、改めて考えてみると、育児は意思決定の連続だということに気づく。」
この記事を読んで、
不確実で常に変化する未来に対して手持ちのリソースでの最適解を探す、など。 https://t.co/GNfyUO2pLv
— イヨ (@iyoiyo2013) 2017年6月27日
なんて、慣れないカッコイイ言葉を使ったら、それだけでもう疲れてしまいました笑。
ルーティンの家事・単純作業を、(小さい子どもがいる場合は特に)次々発生する不測の事態に対処しながら最低限、臨機応変にこなしつつ、しかも最善の方法を探し続けなければならない。それが家事育児の大変さでしょう。
最低限死なない程度で済ませるなら、サボりまくることもできます。
でも家族の「よい生活」を目指すなら、やろうと思えばあらゆることをどこまでだって追求できます。
生活の全ての面ですから。
いくらやってもキリがない。
そして結果は見えません。もちろん正解もありません。
毎日毎日の、こまごまとした、単体では何ということもない日常の積み重ね。
でもそれが積もり積もった10年後に、突然、取り返しのつかない結果を突きつけられることになるかもしれない。
そんな大変さがあります。
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不測の事態といえば、つい先日。
夜の8:00ごろだったでしょうか。高校生の末っ子が私の部屋にやってきて、ぼそっと言うんです。
「紙やすり…………ある?」
紙やすり~~? こんな時間に?
あるわけ……あります。
紙やすり、あるんです。
使いかけですが、60番程度の粗いものから1200番の超こまかいものまで各種。
「ウチに何でもあってよかったねえ」と言っておきました。
わが家の対応力がいかんなく発揮された出来事でした。ふう。
各種取りそろえてあります。