先日、地域の各種団体に参加の声がかかった講演会に行ってきました。
内容は、「地域のことをよく知ろう」といった感じのもの。
自治体内の各地域の歴史に詳しい講師が、私が住む地域の歴史について詳しく話してくれました。
古墳や遺跡の話から、中世・近世にこのあたりがどうだったのか。明治・大正・戦前・戦中はどんなものが現在のどのあたりにあったのか。
昔はここにこういうものがあって。その名残で今は道路もこうなっているんですよ。
ここにこんな石碑があるのは、こういう理由なんです。
こういう町名になった由来は、これこれこんなことがあったからですよ。
なんていう具合。
こういう話、私は好きです。
子供のころ、神社とかお寺が好きで、当時住んでいたところの近所を結構見て回ったりしてましたしね。
そういう「歴史を知る」のが面白いんですよ。
しかし。
講演の終わりに、講師が言ったんです。
「生まれ育った町を」"大切にしよう" と続いたのか、"よく知ろう"、と続いたのか、あるいは "もっと好きになろう" だったかよく憶えていませんが、そんな感じの言葉を言いました。
話の締めにつける、まとめの決まり文句。
講師の方も、特別な意味を込めて言ったわけではないでしょう。
でも、……そこにひっかかってしまいました。
「生まれ育った町」なんて言ってるからダメなんじゃないか?
地域団体主催の講演会なので、参加者は60代・70代・80代が主体です。50代の私でさえ、下から数えた方が絶対早い。
私が住んでいるのは地方都市の郊外ですが、戦前・戦中からこの地域に住んでいる方もかなりいらっしゃる様子です。
そういう方々がこういう話を聞いて、「そうだそうだ、昔はこうだった。生まれ育った地域を大切にしよう」なんて言っているからダメなんじゃないか?
極端な言い方ですが、そんな風に思ってしまったんですよ。
「他から来た人」をどうするの?
内輪で盛り上がってるだけじゃダメなんです。
というか、内輪で盛り上がってちゃダメなんです。
そういう場に出てこない、「他から移り住んできた人」を、コミュニティに取り込んでいかなきゃいけない。そしてそれ以前に、若い世代に、もっと地域活動に参加してもらえるようにしなければいけない。そう変えていかなければいけないんです。
でも、地域の重鎮のみなさんはあまりそういうことに重要性を感じていない様子です。「地域の担い手がいない」と口では言うものの、危機感があまり感じられません。
他から移り住んでもらわなきゃいけない。
さらに言えば、地域を維持・発展させるためには、他から移り住んできてもらわなければなりません。他から移ってきた人たちをオープンに受け入れる素地があるかどうか。古株の人たち自身が、変化を受け入れるかどうか。「選ばれる地域」になるかどうかということです。
生まれ育った場所に住み続けてきた「郷土を愛する人たち」だけでは、「地域」が衰退するのは目に見えています。
生活環境の一番根っこはこうやって回っている。
ところで、こういう経験をするたびに思いますが、「生活環境のごくごく基本的なところ」の一部は、こんな風に、地域の高齢者によって運営されています。その場は、一般企業の職場などとは、あらゆるものがまるで違います。
例えば、最先端の仕事をしている人、世界を飛び回っている人、大きな組織を動かしている人、大きな組織の一員として大きな仕事をしている人。そういう「現役」の方々が知らないところ・気付かないところで、そういう方々とは全く違う人種の人々が、日常生活の根本を決めて動かしています。
地域の高齢者が中心になっている自治会・町内会だけでなく、例えば地方自治体の政治家だってそうかもしれません。